開学にあたって

水俣病大学の開学にあたって

いまや水俣病は環境汚染による人体被害を象徴する事件として、世界中の心ある者すべての知
るところとなった。

しかし、その発生に気付いて半世紀以上を経た今日に至ってもなお、この事件を過去のものとして語ることはできない。それは第1 に、被害者が10 万人を超えると推定されるこの未曾有の被害の全貌が未解明のままであり、第2 に被害者の補償問題さえ紛争状態を脱することができず、第3 にこれに類する環境汚染事件の再発を防止できないからであり、第4 に総じてわれらの社会がこの事件の経験を学び得ていないことによる。

2011 年3 月11 日以降明らかになった原発をめぐる国、事業者、専門家、さらにこれを取り巻く社会とメディアの姿は、その証左以外の何ものでもない。われらは、われら自身が属するこの愚かしい社会とおのが変革のためにも、水俣病事件を生きるが如く、これを学び直さなければならない。苦難の中で声を上げてきた被害者や、意図的な忘却の積塵の底より真実の片々を取り出した先駆者の献身に導かれ、新たなる「知」の創造の端緒を開かねばならない。

1970 年代初頭、自身も水俣病患者ながら病苦と貧困、蔑視にも屈することなく、患者救済と加害者告発に生涯を捧げた故・川本輝夫は、1 年9 ヶ月におよぶチッソ東京本社前座り込みの中、支援の学生たちに「私ら患者は小学校しか知らんが、チッソ重役はみな東大。今の大学がつづくなら水俣病はいくつあっても足りん」と説いたという。

われらは、この言葉を戒めとして、水俣病を専門的に学ぶこのささやかな試みをそれゆえにこそ「水俣病大学」と名付ける。願わくば今は亡き患者たちの微笑と明日生まれ出づる生命に促されて、志をともにする者の来たらんことを。
2012 年8 月31日      

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